事が當てになんぞなるもんか。働くなら今から働きたまへ。こんな意氣地のない良人の手で遊んでるのは第一君の估券が下る。君が出來るといふ自信があるなら、君の爲に働いた方がいゝ。」
「今は働けないわ、時機がこなけりや。そりや無理ぢやありませんか。」
みのるは涙に光つてる眼を上げて義男の顏を見た。義男の見定められない深い奧にいつかしら一人で突き入つて行く時があるのだと云ふ樣な氣勢《けはひ》が、その眼の底に現はれてゐるのを見て取ると、義男の胸には又反感が起つた。
「生意氣を云つたつて駄目だよ。何を云つたつて實際になつて現はれてこないぢやないか。それよりや別れてしまつた方がいゝ。」
義男は打《ぶ》ち切るやうに斯う云ふと奧の座敷へ自分で寐床をこしらへに立つて行つた。
みのるは男の動く樣子を此方《こつち》から默つて見てゐた。義男は片手で戸棚から夜着を引き下すと、それを斜《はす》つかけに摺《ず》り延ばして、着た儘の服裝《なり》でその中にもぐり込んで了つた。その冷めたそうな夜着の裾を眺めてゐたみのるは、自分たちが火の氣もないところで長い間云ひ爭つてゐた事にふと氣が付いて急に寒くなつたけれども、やつぱり
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