たのもその手配をするためだったのか。山崎はチラっとこんな念におそわれて少し不快を感じたが、万事につけて村上の心もちを呑込《のみこ》んでいる山崎はそんなことくらいを深くとがめる気にはならないですぐあっさり忘れて、その日は夕方まで敏子を中心に面白く話し合った。
 山崎が帰ってから一足後れて敏子も帰っていった。

 事実はこうである。二ヶ月ばかり前のことであるが、欧洲航路の事務長をしている従兄からドイツのチーズを貰《もら》ったので敏子はそのわけを手紙に書いて村上にチーズを贈った。かつて敏子が松葉がれいが好きだといっていたのを村上がふと思い出して返礼かたがた松葉がれいを敏子に贈ったのは数日前のことである。今日は山崎の国許の若狭から笹がれいが届いたので山崎はそれを村上のところへ持ってきた。敏子が訪ねてきて村上にかれいの礼をいったのを傍で聞いた山崎は自分が持ってきたかれいを村上はすぐに敏子のところへ廻したのだと思った。「松葉がれいですって? いや、よしておきましょう」といったのは「あれは松葉がれいではありません。笹がれいですよ」と訂正したかったのを村上に遠慮してよしておいたのである。

 村上はそ
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