せるだけの一種の光沢を帯び、瞳はかろらかな諦《あきら》めと凛乎《りんこ》とした張りとを無言のうちに有力に語っていなければならぬ。口[#「口」に傍点]は、異性間の通路としての現実性を具備していることと、運動について大なる可能性をもっていることとに基づいて、「いき」の表現たる弛緩《しかん》と緊張《きんちょう》とを極めて明瞭な形で示し得るものである。「いき」の無目的な目的は、唇《くちびる》の微動のリズムに客観化される。そうして口紅は唇の重要性に印を押している。頬[#「頬」に傍点]は、微笑の音階を司《つかさど》っている点で、表情上重要なものである。微笑としての「いき」は、快活な長音階よりはむしろやや悲調を帯びた短音階を択《えら》ぶのが普通である。西鶴は頬の色の「薄花桜」であることを重要視しているが、「いき」な頬は吉井勇《よしいいさむ》が「うつくしき女なれども小夜子《さよこ》はも凄艶《せいえん》なれば秋にたとへむ」といっているような秋の色を帯びる傾向をもっている。要するに顔面における「いき」の表現は、片目を塞《ふさ》いだり、口部を突出させたり、「双頬《そうきょう》でジャズを演奏する」などの西洋流
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