移入」の形で自然界に自然象徴[#「自然象徴」に傍点]を見る場合、たとえば柳や小雨を「いき」と感ずるごとき場合をも意味し得るが、ここでは特に「本来的感情移入」の範囲に属する身体的発表[#「身体的発表」に傍点]を自然形式と考えておく。
 身体的発表としての「いき」の自然形式は、聴覚[#「聴覚」に傍点]としてはまず言葉づかい、すなわちものの言振《いいぶ》りに表われる。「男へ対しそのものいひは、あまえずして色気あり」とか「言《こと》の葉草《はぐさ》も野暮ならぬ」とかいう場合がそれであるが、この種の「いき」は普通は一語の発音の仕方、語尾の抑揚などに特色をもってくる。すなわち、一語を普通よりもやや長く引いて発音し、しかる後、急に抑揚を附けて言い切ることは言葉遣《ことばづかい》としての「いき」の基礎をなしている。この際、長く引いて発音した部分と、急に言い切った部分とに、言葉のリズムの上の二元的対立が存在し、かつ、この二元的対立が「いき」のうちの媚態《びたい》の二元性の客観的表現と解される。音声としては、甲走《かんばし》った最高音よりも、ややさびの加わった次高音の方が「いき」である。そうして、言葉のリ
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