ニ竹材との対照によって表わされる場合が最も多い。永井荷風は『江戸芸術論』のうちで次のような観察をしている。「家は腰高《こしだか》の塗骨障子《ぬりぼねしょうじ》を境にして居間と台所との二間のみなれど竹[#「竹」に傍点]の濡縁《ぬれえん》の外《そと》には聊《ささや》かなる小庭ありと覚《おぼ》しく、手水鉢《ちょうずばち》のほとりより竹[#「竹」に傍点]の板目《はめ》には蔦《つた》をからませ、高く釣りたる棚の上には植木鉢を置きたるに、猶《なお》表側の見付《みつき》を見れば入口の庇《ひさし》、戸袋、板目なぞも狭き処《ところ》を皆それぞれに意匠《いしょう》して網代《あじろ》、船板、洒竹[#「洒竹」に傍点]などを用ゐ云々」。かつまた、「竹材を用ゆる事の範囲|並《ならび》に其《そ》の美術的価値を論ずるは最も興味ある事」であると注意している。およそ竹材には「竹の色|許由《きょゆう》がひさごまだ青し」とか「埋《うめ》られたおのが涙やまだら竹」というように、それ自身に情趣の深い色っぽさがある。しかし「いき」の表現としての竹材の使用は、主として木材との二元的対立に意味をもっている。なお竹のほかには杉皮も二元的対立の一方の項《こう》を成すものとして「いき」な建築が好んで用いる。「直《すぐ》な柱も杉皮附《すぎかわつき》、つくろはねどもおのづから、土地に合ひたる洒落造《しゃれづく》り」とは『春色辰巳園』巻頭の叙述である。
 室内の区劃の上に現わるる二元性としては、まず天井《てんじょう》と牀《ゆか》との対立が両者の材料上の相違によって強調される。天井に丸竹を並べたり、ひしぎ竹を列《つら》ねたりするいわゆる竹天井の主要なる任務は、この種の材料によって天井と牀との二元性を判明させることにある。天井を黒褐色の杉皮で張るのも、青畳との対比関係に関心を置いている。また、天井そのものも二元性を表わそうとすることが多い。例えば不均等に二分して、大なる部分を棹縁《さおぶち》天井となし、小なる部分を網代《あじろ》天井とする。或いは更に二元性を強調して、一部分には平《ひら》天井を用い、他の部分には懸込《かけこみ》天井を用いる。次に牀自身も二元性を表わそうとする。床《とこ》の間《ま》と畳とは二元的対立を明示していなければならない。それ故に、床框《とこがまち》の内部に畳または薄縁《うすべり》を敷くことは「いき」ではない。室全体の畳敷に対して床の間の二元性が対立の力を減ずるからである。床の間は床板を張って室内の他部と判明に対立することを要する、すなわち床の間が「いき」の条件を充《みた》すためには本床であってはならない。蹴込床《けこみどこ》または敷込床を択ぶべきである。また、「いき」な部屋では、床の間と床脇の違棚《ちがいだな》とにも二元的対立を見せる必要がある。例えば床板には黒褐色のものを用い、違棚の下前《したまえ》にはひしぎ竹の白黄色のものを敷く。それと同時に、床天井と棚天井とに竹籠編《たけかごあみ》と鏡天井とのごとき対立を見せる。そうして、この床脇の有無がしばしば、茶屋建築の「いき」と茶室建築の「渋味」との相違を表わしている。また床柱《とこばしら》と落掛《おとしがけ》との二元的対立の程度の相違にも、茶屋と茶室の構造上の差別が表われているのが普通である。
 しかしながら、「いき」な建築にあってはこれら二元性の主張はもとより煩雑《はんざつ》に陥ってはならない。なお一般に瀟洒《しょうしゃ》を要求する点において、しばしば「いき」な模様と同様の性質を示している。例えばなるべく曲線を避けようとする傾向がある。「いき」な建築として円形の室または円天井《まるてんじょう》を想像することはできない。「いき」な建築は火灯窓《かとうまど》や木瓜窓《もっこうまど》の曲線を好まない。欄間《らんま》としても櫛形《くしがた》よりも角切《かくぎり》を択ぶ。しかしこの点において建築は独立な抽象的な模様よりはやや寛大である。「いき」な建築は円窓《まるまど》と半月窓《はんげつまど》とを許し、また床柱の曲線と下地窓《したじまど》の竹に纏《まと》う藤蔓《ふじづる》の彎曲《わんきょく》とを咎《とが》めない。これはいずれの建築にも自然に伴う直線の強度の剛直に対して緩和を示そうとする理由からであろう。すなわち、抽象的な模様と違って全体のうちに具体的意味をもつからである。
 なお、建築の様式上に表わるる媚態の二元性を理想主義的非現実性の意味に様態化するものには、材料の色彩と採光照明の方法とがある。建築材料の色彩の「いき」は畢竟《ひっきょう》、模様における色彩の「いき」と同じである。すなわち、灰色と茶色と青色の一切のニュアンスが「いき」な建築を支配している。そうして、一方に色彩の上のこの「さび」が存すればこそ、他方に形状として建築が二
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