渡す二圓渡すから是へ判を捺せと迫る。其を承知して判を捺す奴は村中で一人か二人しか無い。拒んで金を取らぬ判を捺さぬと云ふ者には、壯士を差向ける、無頼漢に酒を飮まして、「貴樣が金を取らぬから外の人も取ることが出來ぬ。」と言ふて脅かす又た撲ぐる。斯う云ふ次第で外へ出ることが出來ない、而して是を撲ち打擲したのがある。暗夜でございましたから何者かを認めなかつたのは殘念だが、駐在巡査が立會つて創所の模樣をはツきり調査になつた。其の毆ぐられた方の名前は申しませう、是は栃木縣足利郡吾妻村字羽田の横塚吉五郎と申す者でございます。偶々正直な者があれば是は撲ぐる。
群馬縣新田郡と云ふ處に金山と云ふがある、栃木縣に唐澤山と云ふがある、此處には菌が出るので、年々秋になれば尊きあたりの菌狩に御出になることがある。而して其麓の村々には鑛毒がある。明治十四年の頃北越御巡幸の際には、鰥寡孤獨を始め忠臣義僕それ/″\御賞與の御扱があつたものである。爾來御聖徳益々盛にましますのに、其麓の村々の鑛毒のある處に案内をして來る人がある。如何なる人が御案内を申すのであるか。幸ひ日本の臣民は忠直で、有難い御方の御出になるのだから道普請を始め色々心を用ひる、宮中を御怨み申す者は一人も無い。然るに此の如き場所に往つて、鑛毒を除くことの出來ない麓の、顏の瘠せて居る人民の所に菌狩の御案内をするに至ては、實に左右の者共に於ても綺麗な奴ばかり居ると云ふ譯には行かないのである。諸君、是は皇室の御爲に諸君に御訴へ申して置くのでございます。又た今日の内閣大臣諸君にも以後の所は十分御警戒あつて然るべき事と存じますからして能く御記憶御注意なさるが宜しい。
吾々が初め鑛毒の事に就て政府に忠告を致し質問を致したのは廿四年で、其時の鑛毒地は千六百餘町歩。然るに彼れの此れのと遁辭を構へ、或は學者の力に依て鑛毒を無くするとか、或は機械の發明に依て鑛毒を流さないとか、三度まで嘘を吐いて、其中に今日は三萬餘町の廣さに及んだ。是でも未だ何か學者の力を藉りるとか機械を据付けて毒を流さぬ樣にすると云ふやうな頭を持つて居るものと見へる。然らざれば質問書の出ない前何故に鑛業を停止してしまはないか。吾々の質問は、發いて以て快とするに非ず、事實が已むことを得ないから之を訴へるのである。最早議會も六十日以上經つた今日になつて質問しなければならぬからするので、敢
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