云ふ書付に判を捺せ。――一體此の欺き方が色々で、嚇すのもあるし賺すのもある。或は虚言を吐き、足尾銅山と云ふものは最早鑛脈が絶へて一年位しか持たないのであるから、今ま一圓でも二圓でも取れば取り徳だ、五十錢でも取り徳だ、是れは貴樣にだけ内證で話すのだがと云ふ樣な事を言ふ。此話が漏れて傳はるから、五十錢でも三十錢でも取り徳と云ふ競爭で、彼の永世苦情を言はぬと云ふ書付を、五圓以下一圓から二十五錢甚しきは七錢五錢、唯だ五錢取つて永世苦情を言はぬと云ふ判を捺した。群馬縣邑樂郡海老瀬村などは一村皆な然うである、一番多いのが二十五錢である。
斯樣な譯で、色々な手段を以て欺いて、金を遣つて書付を取つたから是で苦情は無いものである、是は鑛毒地の半分以上を占めて居る抔と云ふことを、今日申して居る連中がある。彼の惡漢無頼の輩ならばいざ知らず、郡吏などが斯樣なことをやつたと云ふことに就きましては許されないことですから、日清戰爭平和の後二十九年に質問したのでございます、此處だけ質問したのでございます。是にも亦た農商務大臣は答辯しない。近頃聞く所によると、群馬縣新田郡の郡吏中某と云ふものは灌漑用水か何かで、近頃鑛業停止の請願書が大分出るさうだから古河市兵衞に掛合へば必ず金が取れる、金を取るのは此處だと言ふて騷ぎ[#「騷ぎ」は底本では「騷き」]立て、郡吏の先立で、古河市兵衞から一萬圓内外の金を取つて被害人民を胡麻化そうとしたが、然う馬鹿にされる人民許りでもございませぬから、昨今反對の大騷があると云ふ話である。兎に角郡吏と云ふ者の遣り方が此の通りだ。内務大臣と云ふものは是に就て、何故己の本領を固めて農商務大臣に御掛合は無いでございますか。甚しきは此の廿七年の十一月のことでございます。十一月は未だ日清戰爭中、海城邊の戰爭の時分で、兵隊は寒い所で凍へて死ぬ、兵糧衣服は不十分と云ふことを訴へて居る折柄、此の鑛毒被害地からも壯丁が繰出して戰場へ出て居る、此の壯丁の居ない時を附け込んで老若男女を脅かし騙して印を取つたと云ふことは、如何に金が欲しくてすると云ふても、苟も役人と云ふ肩書を持つて居る奴が、古河市兵衞の奴隸になるとは怪しからぬことで、此の人間が今日に至て未だ郡吏だとか何だとか云ふことをして居ると云ふに至ては、日本政府無し――政府があるならば斯樣な奴は嚴重なる御處分があつて宜しかろうと思ふ。それで一圓
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