かりの年に蜆を擔がせて姉が長い着物きて居らりようか、伯父さま暇を取つて下され、私は最早奉公はよしまするとて取亂して泣きぬ。三之助はをとなしく、ほろりほろりと涙のこぼれるを、見せじとうつ向きたる肩のあたり、針目あらはに衣《きぬ》破《や》れて、此肩《これ》に擔ぐか見る目も愁《つ》らし、安兵衞はお峰が暇を取らんと言ふに夫れは以ての外、志しは嬉しけれど歸りてからが女の働き、夫れのみか御主人へは給金の前借もあり、それッ、と言ふて歸られる物では無し、初奉公《うひぼうこう》が肝腎、辛棒がならで戻つたと思はれても成らねば、お主大事に勤めて呉れ、我が病も長くは有るまじ、少しよくば氣の張弓、引つゞいて商ひもなる道理、あゝ今半月の今歳が過れば新年《はる》は好き事も來たるべし、何事も辛棒/\、三之助も辛棒して呉れ、お峰も辛棒して呉れとて涙を納めぬ。珍らしき客に馳走は出來ねど好物の今川燒、里芋の煮ころがしなど、澤山たべろよと言ふ言葉が嬉し、苦勞はかけまじと思へど見す見す大晦日に迫りたる家の難義、胸に痞《つか》への病は癪にあらねどそも/\床に就きたる時、田町の高利かしより三月しばりとて十圓かりし、一圓五拾錢は天利
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