か、さ、お乘りなされ、お供をしますと進められて、あれ知らぬ中は仕方もなし、知つて其車《それ》に乘れます物か、夫れでも此樣な淋しい處を一人ゆくは心細いほどに、廣小路へ出るまで唯道づれに成つて下され、話しながら行ませうとてお關は小褄少し引あげて、ぬり下駄のおと是れも淋しげなり。
昔の友といふ中にもこれは忘られぬ由縁《ゆかり》のある人、小川町の高坂とて小奇麗な烟草屋の一人息子、今は此樣に色も黒く見られぬ男になつては居れども、世にある頃の唐棧《たうざん》ぞろひに小氣《こき》の利いた前だれがけ、お世辭も上手、愛敬もありて、年の行かぬやうにも無い、父親の居た時よりは却つて店が賑やかなと評判された利口らしい人の、さても/\の替り樣、我身が嫁入りの噂聞え初《そめ》た頃から、やけ遊びの底ぬけ騷ぎ、高坂の息子は丸で人間が變つたやうな、魔でもさしたか、祟りでもあるか、よもや只事では無いと其頃に聞きしが、今宵見れば如何にも淺ましい身の有樣、木賃泊りに居なさんすやうに成らうとは思ひも寄らぬ、私は此人に思はれて、十二の年より十七まで明暮れ顏を合せる毎《たび》に行々は彼の店の彼處へ座つて新聞見ながら商ひするのと思
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