を、何で乳くさい子供の顏見て發心が出來ませう、遊んで遊んで遊び拔いて、呑んで呑んで呑み盡して、家も稼業もそつち除けに箸一本もたぬやうに成つたは一昨々年《さきをとゝし》、お袋は田舍へ嫁入つた姉の處に引取つて貰ひまするし、女房は子をつけて實家《さと》へ戻したまゝ音信《いんしん》不通、女の子ではあり惜しいとも何とも思ひはしませぬけれど、其子も昨年の暮チプスに懸つて死んださうに聞ました、女はませな物であり、死ぬ際には定めし父樣とか何とか言ふたので御座りましよう、今年居れば五つになるので御座りました、何のつまらぬ身の上、お話しにも成りませぬ。
 男はうす淋しき顏に笑みを浮べて貴孃といふ事も知りませぬので、飛んだ我まゝの不調法、さ、お乘りなされ、お供しまする、嘸《さぞ》不意でお驚きなさりましたろう、車を挽くと言ふも名ばかり、何が樂しみに轅棒《かぢぼう》をにぎつて、何が望みに牛馬の眞似をする、錢が貰へたら嬉しいか、酒が呑まれたら愉快なか、考へれば何も彼も悉皆《しつかい》厭やで、お客樣を乘せやうが空車《から》の時だらうが嫌やとなると用捨なく嫌やに成まする、呆れはてる我まゝ男、愛想が盡きるでは有りませぬ
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