あゝ宜く私を高坂の録之助と覺えて居て下さりました、辱《かたじけ》なう御座りますと下を向くに、阿關はさめ/″\として誰れも憂き世に一人と思ふて下さるな。
してお内儀さんはと阿關の問へば、御存じで御座りましよ筋向ふの杉田やが娘、色が白いとか恰好が何うだとか言ふて世間の人は暗雲《やみくも》に褒めたてた女《もの》で御座ります、私が如何にも放蕩《のら》をつくして家へとては寄りつかぬやうに成つたを、貰ふべき頃に貰はぬからだと親類の中の解らずやが勘違ひして、彼れならばと母親が眼鏡にかけ、是非もらへ、やれ貰へと無茶苦茶に進めたてる五月蠅《うるさ》さ、何うなりと成れ、成れ、勝手に成れとて彼れを家へ迎へたは丁度貴孃が御懷妊だと聞ました時分の事、一年目には私が處にもお目出たうを他人からは言はれて、犬張子《いぬはりこ》や風車を並べたてる樣に成りましたれど、何のそんな事で私が放蕩のやむ事か、人は顏の好い女房を持たせたら足が止まるか、子が生れたら氣が改まるかとも思ふて居たのであらうなれど、たとへ小町と西施《せいし》と手を引いて來て、衣通姫《そとほりひめ》が舞を舞つて見せて呉れても私の放蕩は直らぬ事に極めて置いた
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