といふに成つて居まするを、何時通つても覗かれて、あゝ高坂《かうさか》の録《ろく》さんが子供であつたころ、學校の行返《ゆきもど》りに寄つては卷烟草のこぼれを貰ふて、生意氣らしう吸立てた物なれど今は何處に何をして、氣の優しい方なれば此樣な六づかしい世に何のやうの世渡りをしてお出ならうか、夫れも心にかゝりまして、實家へ行く度に御樣子を、もし知つても居るかと聞いては見まするけれど、猿樂町を離れたのは今で五年の前、根つからお便りを聞く縁がなく、何んなにお懷しう御座んしたらうと我身のほどをも忘れて問ひかくれば、男は流れる汗を手拭にぬぐふて、お恥かしい身に落まして今は家と言ふ物も御座りませぬ、寢處は淺草町の安宿、村田といふが二階に轉がつて、氣に向ひた時は今夜のやうに遲くまで挽く事もありまするし、厭やと思へば日がな一日ごろ/\として烟のやうに暮して居まする、貴孃《あなた》は相變らずの美くしさ、奧樣にお成りなされたと聞いた時から夫でも一度は拜む事が出來るか、一生の内に又お言葉を交はす事が出來るかと夢のやうに願ふて居ました、今日までは入用のない命と捨て物に取あつかふて居ましたけれど命があればこその御對面、
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