でも惡るいか、まあ何うしたといふ譯、此處まで挽《ひ》いて來て厭やに成つたでは濟むまいがねと聲に力を入れて車夫を叱れば、御免なさいまし、もう何うでも厭やに成つたのですからとて提燈を持しまゝ不圖脇へのかれて、お前は我まゝの車夫《くるまや》さんだね、夫ならば約定《きめ》の處までとは言ひませぬ、代りのある處まで行つて呉れゝば夫でよし、代はやるほどに何處か※[#「研のつくり」、第3水準1−84−17]邊《そこ》らまで、切めて廣小路までは行つてお呉れと優しい聲にすかす樣にいへば、成るほど若いお方ではあり此淋しい處へおろされては定めしお困りなさりませう、これは私が惡う御座りました、ではお乘せ申ませう、お供を致しませう、嘸お驚きなさりましたろうとて惡者《わる》らしくもなく提燈を持かゆるに、お關もはじめて胸をなで、心丈夫に車夫の顏を見れば二十五六の色黒く、小男の痩せぎす、あ、月に背けたあの顏が誰れやらで有つた、誰れやらに似て居ると人の名も咽元まで轉がりながら、もしやお前さんはと我知らず聲をかけるに、ゑ、と驚いて振あふぐ男、あれお前さんは彼のお方では無いか、私をよもやお忘れはなさるまいと車より濘《すべ》る
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