かく、此池《このいけ》の深さいくばくとも測《はか》られぬ心地《こゝち》に成《なり》て、月は其《その》そこの底《そこ》のいと深くに住むらん物のやうに思はれぬ、久しうありて仰《あふ》ぎ見るに空なる月と水のかげと孰《いづ》れを誠《まこと》のかたちとも思はれず、物ぐるほしけれど箱庭《はこには》に作りたる石《いし》一《ひと》つ水の面《おも》にそと取落《とりおと》せば、さゞ波すこし分れて是れにぞ月のかげ漂《たゞよ》ひぬ、斯《か》くはかなき事して見せつれば甥なる子の小さきが真似て、姉さまのする事我れもすとて硯《すゞり》の石いつのほどに持《も》て出《い》でつらん、我《わ》れもお月さま[#「お月さま」は底本では「おさま」]砕《くだ》くのなりとてはたと捨《す》てつ、それは亡《な》き兄の物なりしを身《み》に伝《つた》へていと大事と思ひたりしに果敢《はか》なき事にて失《うしな》ひつる罪《つみ》得《え》がましき事とおもふ、此池《このいけ》かへさせてなど言へども未《ま》ださながらにてなん、明《あけ》ぬれば月は空に還《かへ》りて名残《なごり》もとゞめぬを、硯《すずり》はいかさまに成《なり》ぬらん、夜《よ》な/\影や
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