い》でずしてうつむけば隠《かく》し給《たま》ふは隔《へだ》てがまし大方《おほかた》は見《み》て知《し》りぬ誰《た》れゆゑの恋《こひ》ぞうら山《やま》しと憎《に》くや知《し》らず顔《がほ》のかこち事《ごと》余《よ》の人《ひと》恋《こ》ふるほどならば思《おも》ひに身《み》の痩《や》せもせじ御覧《ごらん》ぜよやとさし出《だ》す手《て》を軽《かろ》く押《おさ》へてにこやかにさらば誰《たれ》をと問《と》はるゝに答《こた》へんとすれば暁《あかつき》の鐘《かね》枕《まくら》にひびきて覚《さ》むる外《ほか》なき思《おも》ひ寐《ね》の夢《ゆめ》鳥《とり》がねつらきはきぬ/″\の空《そら》のみかは惜《を》しかりし名残《なごり》に心地《こゝち》常《つね》ならず今朝《けさ》は何《なん》とせしぞ顔色《かほいろ》わろしと尋《たづ》ぬる母《はゝ》はその事《こと》さらに知《し》るべきならねど面《かほ》赤《あから》むも心苦《こゝろぐる》し昼《ひる》は手《て》ずさびの針仕事《はりしごと》にみだれその乱《みだ》るゝ心《こゝろ》縫《ぬ》ひとゞめて今《いま》は何事《なにごと》も思《おも》はじ思《おも》ひてなるべき恋《こひ》かあらぬか云《い》ひ出《だ》して爪《つま》はじきされなん恥《はづ》かしさには再《ふたゝ》び合《あは》す顔《かほ》もあらじ妹《いもと》と思《おぼ》せばこそ隔《へだ》てもなく愛《あい》し給《たま》ふなれ終《つひ》のよるべと定《さだ》めんにいかなる人《ひと》をとか望《のぞ》み給《たま》ふらんそは又《また》道理《だうり》なり君様《きみさま》が妻《つま》と呼《よ》ばれん人《ひと》姿《すがた》は天《あめ》が下《した》の美《び》を尽《つく》して糸竹《いとたけ》文芸《ぶんげい》備《そな》はりたるをこそならべて見《み》たしと我《われ》すら思《おも》ふに御自身《ごじしん》は尚《なほ》なるべし及《およ》ぶまじきこと打出《うちだ》して年頃《としごろ》の中《なか》うとくもならば何《なに》とせん夫《それ》こそは悲《かな》しかるべきを思《おも》ふまじ/\他《あだ》し心《こゝろ》なく兄様《あにさま》と親《した》しまんによも憎《にく》みはし給《たま》はじよそながらも優《やさ》しきお詞《ことば》きくばかりがせめてもぞといさぎよく断念《あきら》めながら聞《き》かず顔《がほ》の涙《なみだ》頬《ほゝ》につたひて思案《しあん》のより糸《いと》あとに戻《も》どりぬさりとては其《そ》のおやさしきが恨《うら》みぞかし一向《ひたすら》につらからばさてもやまんを忘《わす》られぬは我身《わがみ》の罪《つみ》か人《ひと》の咎《とが》か思《おも》へば憎《にく》きは君様《きみさま》なりお声《こゑ》聞《き》くもいや御姿《おすがた》見《み》るもいや見《み》れば聞《き》けば増《ま》さる思《おも》ひによしなき胸《むね》をもこがすなる勿体《もつたい》なけれど何事《なにごと》まれお腹立《はらだ》ちて足踏《あしぶみ》ふつになさらずは我《わ》れも更《さ》らに参《まゐ》るまじ願《ねが》ふもつらけれど火水《ひみづ》ほど中《なか》わろくならばなか/\に心安《こゝろやす》かるべしよし今日《けふ》よりはお目《め》にもかゝらじものもいはじお気《き》に障《さは》らばそれが本望《ほんまう》ぞとて膝《ひざ》につきつめし曲尺《ものさし》ゆるめると共《とも》に隣《となり》の声《こゑ》を其《そ》の人《ひと》と聞《き》けば決心《けつしん》ゆら/\として今《いま》までは何《なに》を思《おも》ひつる身《み》ぞ逢《あ》ひたしの心《こゝろ》一途《いちづ》になりぬさりながら心《こゝろ》は心《こゝろ》の外《ほか》に友《とも》もなくて良之助《りやうのすけ》が目《め》に映《うつ》るもの何《なん》の色《いろ》もあらず愛《あい》らしと思《おも》ふ外《ほか》一|点《てん》のにごりなければ我《わが》恋《こ》ふ人《ひと》世《よ》にありとも知《し》らず知《し》らねば憂《う》きを分《わか》ちもせず面白《おもしろ》きこと面白《おもしろ》げなる男心《をとこごゝろ》の淡泊《たんぱく》なるにさしむかひては何事《なにごと》のいはるべき後世《のちのよ》つれなく我身《わがみ》うらめしく春《はる》はいづこぞ花《はな》とも云《い》はで垣根《かきね》の若草《わかくさ》おもひにもえぬ
(下)
千代《ちい》ちやん今日《けふ》は少《すこ》し快《よ》い方《はう》かへと二|枚折《まいをり》の屏風《べうぶ》押《お》し明《あ》けて枕《まくら》もとへ坐《すは》る良之助《りやうのすけ》に乱《み》だせし姿《すがた》恥《はづ》かしく起《お》きかへらんとつく手《て》もいたく痩《や》せたり。寝《ね》て居《ゐ》なくてはいけないなんの病中《びやうちう》に失礼《しつれい》も何《なに》もあつたものぢやアないそれとも少《す
前へ
次へ
全5ページ中3ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
樋口 一葉 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング