こ》し起《お》きて見《み》る気《き》なら僕《ぼく》に寄《よ》りかゝつて居《ゐ》るがいゝと抱《いだ》き起《おこ》せば居直《ゐなほ》つて。良《りやう》さん学校《がくかう》が御試験中《ごしけんちう》だと申《まを》すではございませんか。アヽ左様《さう》。それに妾《わたし》の処《ところ》へばつかし来《き》て居《ゐ》らしやつてよろしいんですか。そんな事《こと》まで気《き》にするには及《およ》ばない病気《びやうき》の為《ため》にわるいから。だつて何《ど》うもすみませんもの。すむのすまないのとそんなこと気《き》にするより一|日《にち》も早《はや》く癒《よ》くなつて呉《く》れるがいゝ。御親切《ごしんせつ》に有難《ありがた》うございますですが今度《こんど》は所詮《しよせん》癒《なほ》るまいと思《おも》ひます。又《また》馬鹿《ばか》なことを云《い》ふよそんな弱《よは》い気《き》だから病気《びやうき》がいつまでも癒《なほ》りやアしない君《きみ》が心細《こゝろぼそ》ひ事《こと》を云《い》つて見《み》たまへ御父《おとつ》さんやお母《つか》さんがどんなに心配《しんぱい》するか知《し》れません孝行《かう/\》な君《きみ》にも似合《にあ》はない。でも癒《よ》くなる筈《はず》がありませんものと果敢《はか》なげに云《い》ひて打《う》ちまもる睫《まぶた》に涙《なみだ》は溢《あふ》れたり馬鹿《ばか》な事《こと》をと口《くち》には云《い》へどむづかしかるべしとは十指《じつし》のさす処《ところ》あはれや一日《ひとひ》ばかりの程《ほど》に痩《や》せも痩《や》せたり片靨《かたゑくぼ》あいらしかりし頬《ほう》の肉《にく》いたく落《お》ちて白《しろ》きおもてはいとゞ透《す》き通《とほ》る程《ほど》に散《ち》りかかる幾筋《いくすぢ》の黒髪《くろかみ》緑《みどり》は元《もと》の緑《みどり》ながら油《あぶら》けもなきいた/\しさよ我《われ》ならぬ人《ひと》見《み》るとても誰《たれ》かは腸《はらわた》断《た》えざらん限《か》ぎりなき心《こゝろ》のみだれ忍艸《しのぶぐさ》小紋《こもん》のなへたる衣《きぬ》きて薄《うす》くれなゐのしごき帯《おび》前に結びたる姿《(すが)た》今《いま》幾日《いくひ》見《み》らるべきものぞ年頃《としごろ》日頃《ひごろ》片時《かたとき》はなるゝ間《ひま》なく睦《むつ》み合《あ》ひし中《うち》になど底《そこ》の心《こゝろ》知《し》れざりけん少《ちい》さき胸《むね》に今日《けふ》までの物思《ものおも》ひはそも幾何《いくばく》ぞ昨日《きのふ》の夕暮《ゆふぐれ》お福《ふく》が涙《なみだ》ながら語《かた》るを聞《き》けば熱《ねつ》つよき時《とき》はたえず我名《わがな》を呼《よ》びたりとか病《やまい》の元《もと》はお前様《まへさま》と云《い》はるゝも道理《どうり》なり知《し》らざりし我《われ》恨《うら》めしくもらさぬ君《きみ》も恨《うら》めしく今朝《けさ》見舞《みま》ひしとき痩《や》せてゆるびし指輪《ゆびわ》ぬき取《と》りてこれ形見《かたみ》とも見給《みたま》はゞ嬉《うれ》しとて心細《こゝろぼそ》げに打《う》ち笑《ゑ》みたる其心《そのこゝろ》今少《いますこ》し早《はや》く知《し》らば斯《か》くまでには衰《おとろ》へさせじをと我罪《わがつみ》恐《おそ》ろしく打《うち》まもれば。良《りやう》さん今朝《けさ》の指輪《ゆびわ》はめて下《くだ》さいましたかと云《い》ふ声《こゑ》の細《ほそ》さよ答《こた》へは胸《むね》にせまりて口《くち》にのぼらず無言《むごん》にさし出《だ》す左《ひだり》の手《て》を引《ひ》き寄《よ》せてじつとばかり眺《なが》めしが。妾《わら(は)》と思《おも》つて下《くだ》さいと云《い》ひもあへずほろ/\とこぼす涙《なみだ》其《その》まゝ枕《まくら》に俯伏《うつぶ》しぬ。千代《ちい》ちやんひどく不快《わるく》でもなつたのかい福《ふく》や薬《くすり》を飲《の》まして呉《く》れないか何《ど》うした大変《たいへん》顔色《かほいろ》がわろくなつて来《き》たおばさん鳥渡《ちよつと》と良之助《りやうのすけ》が声《こゑ》に驚《おど》かされて次《つぎ》の間《ま》に祈念《きねん》をこらせし母《はゝ》も水初穂取《みづはつほと》りに流《なが》し元《もと》へ立《た》ちしお福《ふく》も狼狽敷《あはたゞしく》枕元《まくらもと》にあつまればお千代《ちよ》閉《と》ぢたる目《め》を開《ひ》らき。良《りやう》さんは。良《りやう》さんはお前《まへ》の枕元《まくらもと》にそら右《みぎ》の方《はう》においでなさるよ。阿母《おつか》さん良《りやう》さんにお帰《か》へりを願《ねが》つて下《くだ》さい。何故《なぜ》ですか僕《ぼく》が居《ゐ》ては不都合《ふつがふ》ですかヱ居《ゐ》てもわるひことはあるまい。福《ふく》や
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