お前《まへ》から良《りやう》さんにお帰《か》へりを願《ねが》つておくれ。貴嬢《あなた》は何《なに》をおつしやいます今《いま》まで彼《あ》れ程《ほど》お待遊《まちあそ》ばしたのに又《また》そんなことをヱお心持《こゝろもち》がおわるひのならお薬《くすり》をめしあがれ阿母《おつか》さまですか阿母《おつか》さまはうしろに。こゝに居《ゐ》るよお千代《ちよ》や阿母《おつか》さんだよいゝかへ解《わか》つたかへお父《とつ》さんもお呼申《よびまを》したよサアしつかりして薬《くすり》を一口《ひとくち》おあがりヱ胸《むね》がくるしいアヽさうだらう此《この》マア汗《あせ》を福《ふく》やいそいでお医者様《いしやさま》へお父《とつ》さんそこに立《た》つて入《い》らつしやらないで何《ど》うかしてやつて下《く》ださい良《りやう》さん鳥渡《ちよつと》其《そ》の手拭《てぬぐひ》を何《なん》だとヱ良《りやう》さんに失礼《しつれい》だがお帰《か》へり遊《あそ》ばしていたゞきたいとあゝさう申《まを》すよ良《りやう》さんおきゝの通《とほり》ですからとあはれや母《はゝ》は身《み》も狂《きやう》するばかり娘《むすめ》は一|語《ご》一|語《ご》呼吸《こきふ》せまりて見《み》る/\顔色《かほいろ》青《あほ》み行《ゆ》くは露《つゆ》の玉《たま》の緒《を》今宵《こよひ》はよもと思《おも》ふに良之助《りやうのすけ》起《た》つべき心《こゝろ》はさらにもなけれど臨終《いまは》に迄《まで》も心《こゝろ》づかひさせんことのいとをしくて屏風《べうぶ》の外《ほか》に二|足《あし》ばかり糸《いと》より細《ほそ》き声《こゑ》に良《りやう》さんと呼《よ》び止《と》められて何《なに》ぞと振《ふ》り返《か》へれば。お詫《わび》は明日《みやうにち》。風《かぜ》もなき軒端《のきば》の桜《さくら》ほろ/\とこぼれて夕《ゆふ》やみの空《そら》鐘《かね》の音《ね》かなし
底本:「新日本古典文学大系 明治編 24 樋口一葉集」岩波書店
2001(平成13)年10月15日第1刷発行
初出:「武蔵野 第一編」
1892(明治25)年3月23日
※括弧付きのルビは校注者が加えたものです。
入力:土屋隆
校正:noriko saito
2007年8月9日作成
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