い》でずしてうつむけば隠《かく》し給《たま》ふは隔《へだ》てがまし大方《おほかた》は見《み》て知《し》りぬ誰《た》れゆゑの恋《こひ》ぞうら山《やま》しと憎《に》くや知《し》らず顔《がほ》のかこち事《ごと》余《よ》の人《ひと》恋《こ》ふるほどならば思《おも》ひに身《み》の痩《や》せもせじ御覧《ごらん》ぜよやとさし出《だ》す手《て》を軽《かろ》く押《おさ》へてにこやかにさらば誰《たれ》をと問《と》はるゝに答《こた》へんとすれば暁《あかつき》の鐘《かね》枕《まくら》にひびきて覚《さ》むる外《ほか》なき思《おも》ひ寐《ね》の夢《ゆめ》鳥《とり》がねつらきはきぬ/″\の空《そら》のみかは惜《を》しかりし名残《なごり》に心地《こゝち》常《つね》ならず今朝《けさ》は何《なん》とせしぞ顔色《かほいろ》わろしと尋《たづ》ぬる母《はゝ》はその事《こと》さらに知《し》るべきならねど面《かほ》赤《あから》むも心苦《こゝろぐる》し昼《ひる》は手《て》ずさびの針仕事《はりしごと》にみだれその乱《みだ》るゝ心《こゝろ》縫《ぬ》ひとゞめて今《いま》は何事《なにごと》も思《おも》はじ思《おも》ひてなるべき恋《こひ》かあらぬか云《い》ひ出《だ》して爪《つま》はじきされなん恥《はづ》かしさには再《ふたゝ》び合《あは》す顔《かほ》もあらじ妹《いもと》と思《おぼ》せばこそ隔《へだ》てもなく愛《あい》し給《たま》ふなれ終《つひ》のよるべと定《さだ》めんにいかなる人《ひと》をとか望《のぞ》み給《たま》ふらんそは又《また》道理《だうり》なり君様《きみさま》が妻《つま》と呼《よ》ばれん人《ひと》姿《すがた》は天《あめ》が下《した》の美《び》を尽《つく》して糸竹《いとたけ》文芸《ぶんげい》備《そな》はりたるをこそならべて見《み》たしと我《われ》すら思《おも》ふに御自身《ごじしん》は尚《なほ》なるべし及《およ》ぶまじきこと打出《うちだ》して年頃《としごろ》の中《なか》うとくもならば何《なに》とせん夫《それ》こそは悲《かな》しかるべきを思《おも》ふまじ/\他《あだ》し心《こゝろ》なく兄様《あにさま》と親《した》しまんによも憎《にく》みはし給《たま》はじよそながらも優《やさ》しきお詞《ことば》きくばかりがせめてもぞといさぎよく断念《あきら》めながら聞《き》かず顔《がほ》の涙《なみだ》頬《ほゝ》につたひて思案《しあん》のより
前へ 次へ
全10ページ中5ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
樋口 一葉 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング