糸《いと》あとに戻《も》どりぬさりとては其《そ》のおやさしきが恨《うら》みぞかし一向《ひたすら》につらからばさてもやまんを忘《わす》られぬは我身《わがみ》の罪《つみ》か人《ひと》の咎《とが》か思《おも》へば憎《にく》きは君様《きみさま》なりお声《こゑ》聞《き》くもいや御姿《おすがた》見《み》るもいや見《み》れば聞《き》けば増《ま》さる思《おも》ひによしなき胸《むね》をもこがすなる勿体《もつたい》なけれど何事《なにごと》まれお腹立《はらだ》ちて足踏《あしぶみ》ふつになさらずは我《わ》れも更《さ》らに参《まゐ》るまじ願《ねが》ふもつらけれど火水《ひみづ》ほど中《なか》わろくならばなか/\に心安《こゝろやす》かるべしよし今日《けふ》よりはお目《め》にもかゝらじものもいはじお気《き》に障《さは》らばそれが本望《ほんまう》ぞとて膝《ひざ》につきつめし曲尺《ものさし》ゆるめると共《とも》に隣《となり》の声《こゑ》を其《そ》の人《ひと》と聞《き》けば決心《けつしん》ゆら/\として今《いま》までは何《なに》を思《おも》ひつる身《み》ぞ逢《あ》ひたしの心《こゝろ》一途《いちづ》になりぬさりながら心《こゝろ》は心《こゝろ》の外《ほか》に友《とも》もなくて良之助《りやうのすけ》が目《め》に映《うつ》るもの何《なん》の色《いろ》もあらず愛《あい》らしと思《おも》ふ外《ほか》一|点《てん》のにごりなければ我《わが》恋《こ》ふ人《ひと》世《よ》にありとも知《し》らず知《し》らねば憂《う》きを分《わか》ちもせず面白《おもしろ》きこと面白《おもしろ》げなる男心《をとこごゝろ》の淡泊《たんぱく》なるにさしむかひては何事《なにごと》のいはるべき後世《のちのよ》つれなく我身《わがみ》うらめしく春《はる》はいづこぞ花《はな》とも云《い》はで垣根《かきね》の若草《わかくさ》おもひにもえぬ
(下)
千代《ちい》ちやん今日《けふ》は少《すこ》し快《よ》い方《はう》かへと二|枚折《まいをり》の屏風《べうぶ》押《お》し明《あ》けて枕《まくら》もとへ坐《すは》る良之助《りやうのすけ》に乱《み》だせし姿《すがた》恥《はづ》かしく起《お》きかへらんとつく手《て》もいたく痩《や》せたり。寝《ね》て居《ゐ》なくてはいけないなんの病中《びやうちう》に失礼《しつれい》も何《なに》もあつたものぢやアないそれとも少《す
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