お仕舞なと言へば、困つたねとお京は立止まつて、夫れでも吉ちやん私は洗ひ張に倦きが來て、最うお妾でも何でも宜い、何うで此樣な詰らないづくめだから、寧その腐れ縮緬着物で世を過ぐさうと思ふのさ。
 思ひ切つた事を我れ知らず言つてほゝと笑ひしが、兎も角も家へ行かうよ、吉ちやん少しお急ぎと言はれて、何だか己れは根つから面白いとも思はれない、お前まあ先へお出よと後に附いて、地上に長き影法師を心細げに踏んで行く、いつしか傘屋の路次を入つてお京が例の窓下に立てば、此處をば毎夜音づれて呉れたのなれど、明日の晩は最うお前の聲も聞かれない、世の中つて厭やな物だねと歎息するに、夫れはお前の心がらだとて不滿らしう吉三の言ひぬ。
 お京は家に入るより洋燈《らんぷ》に火を點《うつ》して、火鉢を掻きおこし、吉ちやんやお焙《あた》りよと聲をかけるに己れは厭やだと言つて柱際に立つて居るを、夫れでもお前寒からうでは無いか風を引くといけないと氣を附ければ、引いても宜いやね、構はずに置いてお呉れと下を向いて居るに、お前は何うかおしか、何だか可笑しな樣子だね私の言ふ事が何か疳にでも障つたの、夫れなら其やうに言つて呉れたが宜い、默
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