ちに糸織ぞろひを調《こしら》へて上るよと言へば、厭やだ、己れは其樣な物は貰ひたく無い、お前その好い運といふは詰らぬ處へ行かうといふのでは無いか、一昨日|自家《うち》の半次さんが左樣いつて居たに、仕事やのお京さんは八百屋横町に按摩をして居る伯父さんが口入れで何處のかお邸へ御奉公に出るのださうだ、何お小間使ひと言ふ年ではなし、奧さまのお側やお縫物しの譯は無い、三つ輪に結つて總の下つた被布を着るお妾さまに相違は無い、何うして彼の顏で仕事やが通せる物かと此樣な事をいつて居た、己れは其樣な事は無いと思ふから、聞違ひだらうと言つて、大喧嘩を遣つたのだが、お前もしや其處へ行くのでは無いか、其お邸へ行くのであらう、と問はれて、何も私だとて行きたい事は無いけれど行かなければ成らないのさ、吉ちやんお前にも最う逢はれなくなるねえ、とて唯いふ言ながら萎れて聞ゆれば、何んな出世に成るのか知らぬが其處へ行くのは廢したが宜らう、何もお前女口一つ針仕事で通せない事もなからう、彼れほど利く手を持つて居ながら何故つまらない其樣な事を始めたのか、餘り情ないでは無いかと吉は我身の潔白に比べて、お廢《よ》しよ、お廢しよ、斷つて
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