日もはやくと申納候、六藏といふ通ひ番頭の筆にて此樣の迎ひ状いやとは言ひがたし。
家に生拔《はえぬ》きの我れ實子にてもあらば、かゝる迎へのよしや十度十五たび來たらんとも、おもひ立ちての修業なれば一ト廉の學問を研《みが》かぬほどは不孝の罪ゆるし給へとでもいひやりて、其我まゝの徹らぬ事もあるまじきなれど、愁らきは養子の身分と桂次はつく/″\他人の自由を羨みて、これからの行く末をも鎖りにつながれたるやうに考へぬ。
七つのとしより實家の貧を救はれて、生れしまゝなれば素跣足《すはだし》の尻きり半纏に田圃へ辨當の持はこびなど、松のひで[#「ひで」に傍点]を燈火にかへて草鞋《わらんぢ》うちながら馬士歌《まごうた》でもうたふべかりし身を、目鼻だちの何處やらが水子《みづこ》にて亡せたる總領によく似たりとて、今はなき人なる地主の内儀《つま》に可愛がられ、はじめはお大盡の旦那と尊びし人を、父上と呼ぶやうに成りしは其身の幸福《しやわせ》なれども、幸福ならぬ事おのづから其中にもあり、お作といふ娘の桂次よりは六つの年少《としした》にて十七ばかりになる無地の田舍|娘《もの》をば、何うでも妻にもたねば納まらず、國を
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