貰ひまするといふに、勝手にしろ、子も何も入らぬ、連れて行きたくば何處へでも連れて行け、家も道具も何も入らぬ、何うなりともしろとて寐轉びしまゝ振向んともせぬに、何の家も道具も無い癖に勝手にしろもないもの、これから身一つになつて仕たいまゝの道樂なり何なりお盡しなされ、最ういくら此子を欲しいと言つても返す事では御座んせぬぞ、返しはしませぬぞと念を押して、押入れ探ぐつて何やらの小風呂敷取出し、これは此子の寐間着の袷、はらがけと三尺だけ貰つて行まする、御酒の上といふでもなければ、醒めての思案もありますまいけれど、よく考へて見て下され、たとへ何のやうな貧苦の中でも二人|双《そろ》つて育てる子は長者の暮しといひまする、別れれば片親、何につけても不憫なは此子とお思ひなさらぬか、あゝ腸《はらわた》が腐た人は子の可愛さも分りはすまい、もうお別れ申ますと風呂敷さげて表へ出れば早くゆけ/\とて呼かへしては呉れざりし。

       八

 魂祭《たままつ》り過ぎて幾日、まだ盆提燈のかげ薄淋しき頃、新開の町を出し棺二つあり、一つは駕《かご》にて一つはさし擔ぎにて、駕は菊の井の隱居處よりしのびやかに出ぬ、大路に
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