にお前に當つけよう、この子が餘り分らぬと、お力の仕方が憎くらしさに思ひあまつて言つた事を、とツこに取つて出てゆけとまでは慘《むご》う御座んす、家の爲をおもへばこそ氣に入らぬ事を言ひもする、家を出るほどなら此樣な貧乏世帶の苦勞をば忍んでは居ませぬと泣くに貧乏世帶に飽きがきたなら勝手に何處なり行つて貰はう、手前が居ぬからとて乞食にもなるまじく太吉が手足の延ばされぬ事はなし、明けても暮れても我《お》れが店おろしかお力への妬み、つくづく聞き飽きてもう厭やに成つた、貴樣が出ずば何《どち》ら道同じ事をしくもない九尺二間、我れが小僧を連れて出やう、さうならば十分に我鳴り立る都合もよからう、さあ貴樣が行くか、我れが出ようかと烈しく言はれて、お前はそんなら眞實《ほんとう》に私を離縁する心かへ、知れた事よと例《いつも》の源七にはあらざりき。
 お初は口惜しく悲しく情なく、口も利かれぬほど込上る涕《なみだ》を呑込んで、これは私が惡う御座んした、堪忍をして下され、お力が親切で志して呉れたものを捨て仕舞つたは重々惡う御座いました、成程お力を鬼といふたから私は魔王で御座んせう、モウいひませぬ、モウいひませぬ、決し
前へ 次へ
全44ページ中40ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
樋口 一葉 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング