つぱりに成つて御膳あがれ、太吉が待つて居ますからといふに、おゝ左樣だと思ひ出したやうに帶を解いて流しへ下りれば、そゞろに昔しの我身が思はれて九尺二間の臺處で行水つかふとは夢にも思はぬもの、ましてや土方の手傳ひして車の跡押にと親は生つけても下さるまじ、あゝ詰らぬ夢を見たばかりにと、ぢつと身にしみて湯もつかはねば、父ちやん脊中を洗つてお呉れと太吉は無心に催促する、お前さん蚊が喰ひますから早々《さつ/\》とお上りなされと妻も氣をつくるに、おいおいと返事しながら太吉にも遣はせ我れも浴びて、上にあがれば洗ひ晒《ざら》せしさば/\の裕衣を出して、お着かへなさいましと言ふ、帶まきつけて風の透く處へゆけば、妻は能代《のしろ》の膳のはげかゝりて足はよろめく古物に、お前の好きな冷奴《ひやゝつこ》にしましたとて小丼に豆腐を浮かせて青紫蘇の香たかく持出せば、太吉は何時しか臺より飯櫃取おろして、よつちよいよつちよい[#「よつちよいよつちよい」に傍点]と擔ぎ出す、坊主は我れが傍に來いとて頭《つむり》を撫でつゝ箸を取るに、心は何を思ふとなけれど舌に覺えの無くて咽の穴はれたる如く、もう止めにするとて茶碗を置けば、其樣
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