客は結城朝之助《ゆふきとものすけ》とて、自ら道樂ものとは名のれども實體《じつてい》なる處折々に見えて身は無職業妻子なし、遊ぶに屈強なる年頃なればにや是れを初めに一週には二三度の通ひ路、お力も何處となく懷かしく思ふかして三日見えねば文をやるほどの樣子を、朋輩の女子ども岡燒ながら弄《から》かひては、力ちやんお樂しみであらうね、男振はよし氣前はよし、今にあの方は出世をなさるに相違ない、其時はお前の事を奧樣とでもいふのであらうに今つから少し氣をつけて足を出したり湯呑であほるだけは廢めにおし人がらが惡いやねと言ふもあり、源さんが聞たら何うだらう氣違ひになるかも知れないとて冷評《ひやかす》もあり、あゝ馬車にのつて來る時都合が惡るいから道普請からして貰いたいね、こんな溝板のがたつく樣な店先へ夫こそ人がらが惡《わろ》くて横づけにもされないではないか、お前方も最う少しお行義《ぎやうぎ》を直してお給仕に出られるやう心がけてお呉れとずば/\といふに、ヱヽ憎くらしい其ものいひを少し直さずば奧樣らしく聞へまい、結城さんが來たら思ふさまいふて、小言をいはせて見せようとて朝之助の顏を見るより此樣な事を申て居
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