まする、何うしても私共の手にのらぬやんちや[#「やんちや」に傍点]なれば貴君から叱つて下され、第一湯呑みで呑むは毒でござりましよと告口するに、結城は眞面目になりてお力酒だけは少しひかへろとの嚴命、あゝ貴君のやうにもないお力が無理にも商賣して居られるは此力と思し召さぬか、私に酒氣が離れたら坐敷は三昧堂《さんまいだう》のやうに成りませう、ちつと察して下されといふに成程/\とて結城は二言といはざりき。
或る夜の月に下坐敷へは何處やらの工場の一|連《む》れ、丼たゝいて甚九かつぽれの大騷ぎに大方の女子は寄集まつて、例の二階の小坐敷には結城とお力の二人限りなり、朝之助は寢ころんで愉快らしく話しを仕かけるを、お力はうるさゝうに生返事をして何やらん考へて居る樣子、何うかしたか、又頭痛でもはじまつたかと聞かれて、何頭痛も何もしませぬけれど頻に持病が起つたのですといふ、お前の持病も肝癪か、いゝゑ、血の道か、いゝゑ、夫では何だと聞かれて、何うも言ふ事は出來ませぬ、でも他の人ではなし僕ではないか何んな事でも言ふて宜さそうなもの、まあ何の病氣だといふに、病氣ではござんせぬ、唯こんな風になつて此樣な事を思ふのですといふ、困つた人だな種々《いろ/\》祕密があると見える、お父《とつ》さんはと聞けば言はれませぬといふ、お母《つか》さんはと問へば夫れも同じく、これまでの履歴はといふに貴君には言はれぬといふ、まあ嘘でも宜いさよしんば作り言にしろ、かういふ身の不幸《ふしあはせ》だとか大底の女《ひと》は言はねばならぬ、しかも一度や二度あふのではなし其位の事を發表しても子細はなからう、よし口に出して言はなからうともお前に思ふ事がある位めくら按摩に探ぐらせても知れた事、聞かずとも知れて居るが、夫れをば聞くのだ、どつち道同じ事だから持病といふのを先きに聞きたいといふ、およしなさいまし、お聞きになつても詰らぬ事でござんすとてお力は更に取あはず。
折から下坐敷より杯盤《はいばん》を運びきし女の何やらお力に耳打して兎も角も下までお出よといふ、いや行き度ないからよしてお呉れ、今夜はお客が大變に醉ひましたからお目にかゝつたとてお話しも出來ませぬと斷つてお呉れ、あゝ困つた人だねと眉を寄せるに、お前それでも宜いのかへ、はあ宜いのさとて膝の上で撥《ばち》を弄《もてあそ》べば、女は不思議さうに立つてゆくを客は聞すまして笑ひながら御遠慮には及ばない、逢つて來たら宜からう、何もそんなに體裁には及ばぬではないか、可愛い人を素戻しもひどからう、追ひかけて逢ふが宜い、何なら此處へでも呼び給へ、片隅へ寄つて話しの邪魔はすまいからといふに、串談はぬきにして結城さん貴君に隱くしたとて仕方がないから申ますが町内で少しは巾もあつた蒲團やの源七といふ人、久しい馴染でござんしたけれど今は見るかげもなく貧乏して八百屋の裏の小さな家にまい/\つぶろの樣になつて居まする、女房もあり子供もあり、私がやうな者に逢ひに來る歳ではなけれど、縁があるか未だに折ふし何の彼のといつて、今も下坐敷へ來たのでござんせう、何も今さら突出すといふ譯ではないけれど逢つては色々面倒な事もあり、寄らず障らず歸した方が好いのでござんす、恨まれるは覺悟の前、鬼だとも蛇だとも思ふがようござりますとて、撥を疊に少し延びあがりて表を見おろせば、何と姿が見えるかと嬲《なぶ》る、あゝ最う歸つたと見えますとて茫然《ぼん》として居るに、持病といふのは夫れかと切込まれて、まあ其樣な處でござんせう、お醫者樣でも草津の湯でもと薄淋しく笑つて居るに、御本尊を拜みたいな俳優《やくしや》で行つたら誰れの處だといへば、見たら吃驚でござりませう色の黒い背の高い不動さまの名代といふ、では心意氣かと問はれて、此樣な店で身上はたくほどの人、人の好いばかり取得とては皆無でござんす、面白くも可笑しくも何ともない人といふに、夫れにお前は何うして逆上《のぼ》せた、これは聞き處と客は起かへる、大方|逆上性《のぼせしやう》なのでござんせう、貴君の事をも此頃は夢に見ない夜はござんせぬ、奧樣のお出來なされた處を見たり、ぴつたりと御出のとまつた處を見たり、まだ/\一層《もつと》かなしい夢を見て枕紙がびつしよりに成つた事もござんす、高ちやんなぞは夜る寐るからとても枕を取るよりはやく鼾の聲たかく、好い心持らしいが何んなに浦山しうござんせう、私はどんな疲れた時でも床へ這入ると目が冴へて夫は夫は色々の事を思ひます、貴君は私に思ふ事があるだらうと察して居て下さるから嬉しいけれど、よもや私が何をおもふか夫れこそはお分りに成りますまい、考へたとて仕方がない故人前ばかりの大陽氣、菊の井のお力は行ぬけの締りなしだ、苦勞といふ事はしるまいと言ふお客樣もござります、ほんに因果とでもいふものか私が身位かなしい者はあるまいと思
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