たじけなくお受けなされとて波々とつぐに、さりとは無作法な置つぎといふが有る物か、夫れは小笠原か、何流ぞといふに、お力流とて菊の井一家の左法、疊に酒のまする流氣もあれば、大平の蓋であほらする流氣もあり、いやなお人にはお酌をせぬといふが大詰めの極りでござんすとて臆したるさまもなきに、客はいよ/\面白がりて履歴をはなして聞かせよ定めて凄ましい物語があるに相違なし、たゞの娘あがりとは思はれぬ何うだとあるに、御覽なさりませ未だ鬢の間に角も生へませず、其やうに甲羅は經ませぬとてころ/\と笑ふを、左樣ぬけてはいけぬ、眞實の處を話して聞かせよ、素性が言へずば目的でもいへとて責める、むづかしうござんすね、いふたら貴君《あなた》びつくりなさりましよ天下を望む大伴《おほとも》の黒主《くろぬし》とは私が事とていよ/\笑ふに、これは何うもならぬ其やうに茶利《ちやり》ばかり言はで少し眞實《しん》の處を聞かしてくれ、いかに朝夕を嘘の中に送るからとてちつとは誠も交る筈、良人はあつたか、それとも親故かと眞に成つて聞かれるにお力かなしく成りて私だとて人間でござんすほどに少しは心にしみる事もありまする、親は早くになくなつて今は眞實《ほん》の手と足ばかり、此樣《こん》な者なれど女房に持たうといふて下さるも無いではなけれど未だ良人をば持ませぬ、何うで下品に育ちました身なれば此樣な事して終るのでござんしよと投出したやうな詞に無量の感が溢れてあだなる姿の浮氣らしきに似ず一節さむろう樣子のみゆるに、何も下品に育つたからとて良人の持てぬ事はあるまい、殊にお前のやうな別品さむではあり、一足とびに玉の輿にも乘れさうなもの、夫れとも其やうな奧樣あつかひ虫が好かで矢張傳法肌の三尺帶が氣に入るかなと問へば、どうで其處らが落でござりましよ、此方で思ふやうなは先樣が嫌なり、來いといつて下さるお人の氣に入るもなし、浮氣のやうに思召ましようが其日送りでござんすといふ、いや左樣は言はさぬ相手のない事はあるまい、今店先で誰れやらがよろしく言ふたと他の女が言傳たでは無いか、いづれ面白い事があらう何とだといふに、あゝ貴君もいたり穿索《せんさく》なさります、馴染はざら一面、手紙のやりとりは反古の取かへツこ、書けと仰しやれば起證でも誓紙でもお好み次第さし上ませう、女夫《めをと》やくそくなどと言つても此方《こち》で破るよりは先方樣の性根なし、主人
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