《なにがし》かをぢやらつかせ、弟妹引つれつゝ好きな物をば何でも買への大兄樣、大愉快の最中《もなか》へ正太の飛込み來しなるに、やあ正さん今お前をば探して居たのだ、己れは今日は大分の儲けがある、何か奢つて上やうかと言へば、馬鹿をいへ手前に奢つて貰ふ己れでは無いわ、默つて居ろ生意氣は吐《つ》くなと何時になく荒らい事を言つて、夫れどころでは無いとて鬱《ふさ》ぐに、何だ何だ喧嘩かと喰べかけの※[#「飮のへん+稻のつくり」、第4水準2−92−68]ぱんを懷中《ふところ》に捻ぢ込んで、相手は誰れだ、龍華寺か長吉か、何處で始まつた廓内《なか》か鳥居前か、お祭りの時とは違ふぜ、不意でさへ無くば負けはしない、己れが承知だ先棒は振らあ、正さん膽ッ玉をしつかりして懸りねへ、と競ひかゝるに、ゑゝ氣の早い奴め、喧嘩では無い、とて流石に言ひかねて口を噤《つぐ》めば、でもお前が大層らしく飛込んだから己れは一途に喧嘩かと思つた、だけれど正さんは今夜はじまらなければ最う是れから喧嘩の起りッこは無いね、長吉の野郎片腕がなくなる物と言ふに、何故どうして片腕がなくなるのだ。お前知らずか己れも唯《たつた》今うちの父さんが龍華寺の
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