から際物屋《きはものや》に成つてお金をこしらへ驍ェね、夫れを持つて買ひに行くのだと頓馬を現はすに、洒落《しやら》くさい事を言つて居らあ左うすればお前はきつと振られるよ。何故々々。何故でも振られる理由《わけ》が有るのだもの、と顏を少し染めて笑ひながら、夫れじやあ己れも一廻りして來ようや、又後に來るよと捨て臺辭して門に出て、十六七の頃までは蝶よ花よと育てられ、と怪しきふるへ聲に此頃此處の流行《はやり》ぶしを言つて、今では勤めが身にしみてと口の内にくり返し、例の雪駄の音たかく浮きたつ人の中に交りて小さき身躰は忽ちに隱れつ。
 揉まれて出し廓の角、向ふより番頭新造のお妻と連れ立ちて話しながら來るを見れば、まがひも無き大黒屋の美登利なれども誠に頓馬の言ひつる如く、初々しき大嶋田結ひ綿のやうに絞りばなしふさふさとかけて、鼈甲《べつかう》のさし込、總《ふさ》つきの花かんざしひらめかし、何時よりは極彩色のたゞ京人形を見るやうに思はれて、正太はあつとも言はず立止まりしまゝ例《いつも》の如くは抱きつきもせで打守るに、彼方《こなた》は正太さんかとて走り寄り、お妻どんお前買ひ物が有らば最う此處でお別れにしまし
前へ 次へ
全64ページ中56ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
樋口 一葉 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング