て居る、本當に弱つて居るのだ、と信如の意久地なき事を言へば、左樣だらうお前に鼻緒の立ッこは無い、好いや己れの下駄を履いて行きねへ、此鼻緒は大丈夫だよといふに、夫れでもお前が困るだらう。何己れは馴れた物だ、斯うやつて斯うすると言ひながら急遽《あわたゞ》しう七分三分に尻端折て、其樣な結ひつけなんぞより是れが爽快《さつぱり》だと下駄を脱ぐに、お前|跣足《はだし》になるのか夫れでは氣の毒だと信如困り切るに、好いよ、己れは馴れた事だ信さんなんぞは足の裏が柔らかいから跣足で石ごろ道は歩けない、さあ此れを履いてお出で、と揃へて出す親切さ、人には疫病神のやうに厭はれながらも毛虫眉毛を動かして優しき詞のもれ出るぞをかしき。信さんの下駄は己れが提げて行かう、臺處《だいどこ》へ抛り込んで置たら子細はあるまい、さあ履き替へて夫れをお出しと世話をやき、鼻緒の切れしを片手に提げて、それなら信さん行てお出、後刻《のち》に學校で逢はうぜの約束、信如は田町の姉のもとへ、長吉は我家の方《かた》へと行別れるに思ひの止まる紅入の友仙は可憐《いぢら》しき姿を空しく格子門の外にと止めぬ。

       十四

 此年三の酉まで
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