んもあり、大黒屋の旦那も姉さんもある、お前のやうな腥《なまぐさ》のお世話には能うならぬほどに餘計な女郎呼はり置いて貰ひましよ、言ふ事があらば陰のくす/\ならで此處でお言ひなされ、お相手には何時でも成つて見せまする、さあ何とで御座んす、と袂を捉《と》らへて捲《まく》しかくる勢ひ、さこそは當り難うもあるべきを、物いはず格子のかげに小隱れて、さりとて立去るでも無しに唯うぢ/\と胸とゞろかすは平常の美登利のさまにては無かりき。

       十三

 此處は大黒屋のと思ふ時より信如は物の恐ろしく、左右を見ずして直《ひた》あゆみに爲しなれども、生憎《あやにく》の雨、あやにくの風、鼻緒をさへに踏切りて、詮なき門下に紙縷を縷《よ》る心地、憂き事さま/″\に何うも堪へられぬ思ひの有しに、飛石の足音は背より冷水をかけられるが如く、顧みねども其人と思ふに、わな/\と慄へて顏の色も變るべく、後向きに成りて猶も鼻緒に心を盡すと見せながら、半は夢中に此下駄いつまで懸りても履ける樣には成らんともせざりき。
 庭なる美登利はさしのぞいて、ゑゝ不器用な彼んな手つきして何うなる物ぞ、紙縷は婆々縷《ばゝより》、藁しべな
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