、何の子細なく取立てゝ噂をする者もなし、大路を見渡せば罪なき子供の三五人手を引つれて開いらいた開らいた何の花ひらいたと、無心の遊びも自然と靜かにて、廓に通ふ車の音のみ何時に變らず勇ましく聞えぬ。
 秋雨しと/\と降るかと思へばさつと音して運びくる樣なる淋しき夜、通りすがりの客をば待たぬ店なれば、筆やの妻は宵のほどより表の戸をたてゝ、中に集まりしは例の美登利に正太郎、その外には小さき子供の二三人寄りて細螺《きしやご》はじきの幼なげな事して遊ぶほどに、美登利ふと耳を立てゝ、あれ誰れか買物に來たのでは無いか溝板を踏む足音がするといへば、おや左樣か、己いらは少つとも聞なかつたと正太もちう/\たこかいの手を止めて、誰れか中間が來たのでは無いかと嬉しがるに、門なる人は此店の前まで來たりける足音の聞えしばかり夫れよりはふつと絶えて、音も沙汰もなし。

       十一

 正太は潜りを明けて、ばあ[#「ばあ」に傍点]と言ひながら顏を出すに、人は二三軒先の軒下をたどりて、ぽつ/\と行く後影、誰れ誰れだ、おいお這入よと聲をかけて、美登利が足駄を突かけばきに、降る雨を厭はず驅け出さんとせしが、あゝ彼奴だ
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