が燈籠の頃、つゞいて秋の新仁和賀には十分間に車の飛ぶ事此通りのみにて七十五輛と數へしも、二の替りさへいつしか過ぎて、赤蜻蛉田圃に乱るれば横堀に鶉《うづら》なく頃も近づきぬ、朝夕の秋風身にしみ渡りて上清《じやうせい》が店の蚊遣香懷爐灰に座をゆづり、石橋の田村やが粉挽く臼の音さびしく、角海老《かどえび》が時計の響きもそゞろ哀れの音を傳へるやうに成れば、四季絶間なき日暮里《につぽり》の火の光りも彼れが人を燒く烟りかとうら悲しく、茶屋が裏ゆく土手下の細道に落かゝるやうな三味の音を仰いで聞けば、仲之町藝者が冴えたる腕に、君が情の假寐《かりね》の床にと何ならぬ一ふし哀れも深く、此時節より通ひ初《そむ》るは浮かれ浮かるゝ遊客ならで、身にしみ/″\と實のあるお方のよし、遊女《つとめ》あがりの去る女《ひと》が申き、此ほどの事かゝんもくだ/\しや大音寺前にて珍らしき事は盲目按摩の二十ばかりなる娘、かなはぬ戀に不自由なる身を恨みて水の谷の池に入水《じゆすゐ》したるを新らしい事とて傳へる位なもの、八百屋の吉五郎に大工の太吉がさつぱりと影を見せぬが何とかせしと問ふに此一件であげられましたと、顏の眞中へ指をさして
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