の教育《したて》も、悉皆あやまりのやうに思はるれど言ふて聞かれぬ物ぞと諦めればうら悲しき樣に情なく、友朋輩は變屈者の意地わると目ざせども自ら沈み居る心の底の弱き事、我が蔭口を露ばかりもいふ者ありと聞けば、立出でゝ喧嘩口論の勇氣もなく、部屋にとぢ籠つて人に面の合はされぬ臆病至極の身なりけるを、學校にての出來ぶりといひ身分がらの卑しからぬにつけても然《さ》る弱虫とは知る物なく、龍華寺の藤本は生煮えの餅のやうに眞があつて氣に成る奴と憎くがるものも有りけらし。

       十

 祭りの夜は田町の姉のもとへ使を命令《いひつけ》られて、更るまで我家へ歸らざりければ、筆やの騷ぎは夢にも知らず、明日に成りて丑松文次その外の口よりこれ/\で有つたと傳へらるゝに、今更ながら長吉の亂暴に驚けども濟みたる事なれば咎めだてするも詮なく、我が名を借りられしばかりつく/″\迷惑に思はれて、我が爲したる事ならねど人々への氣の毒を身一つに背負たる樣の思ひありき、長吉も少しは我が遣りそこねを恥かしう思ふかして信如に逢はゞ小言や聞かんと其の三四日は姿も見せず、やゝ餘炎《ほとぼり》のさめたる頃に信さんお前は腹を立つか知
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