いま流行らねど、茶屋が廻女《まはし》の雪駄のおとに響き通へる歌舞音曲、うかれうかれて入込む人の何を目當と言問はゞ、赤ゑり赭熊《オやぐま》に裲襠《うちかけ》の裾ながく、につと笑ふ口元目もと、何處が美《よ》いとも申がたけれど華魁衆《おいらんしゆ》とて此處にての敬ひ、立はなれては知るによしなし、かゝる中にて朝夕を過ごせば、衣《きぬ》の白地の紅に染む事無理ならず、美登利の眼の中に男といふ者さつても怕からず恐ろしからず、女郎といふ者さのみ賤しき勤めとも思はねば、過ぎし故郷を出立の當時ないて姉をば送りしこと夢のやうに思はれて、今日此頃の全盛に父母への孝養うらやましく、お職を徹す姉が身の、憂いの愁《つ》らいの數も知らねば、まち人戀ふる鼠なき格子の咒文、別れの背中に手加減の祕密《おく》まで、唯おもしろく聞なされて、廓ことばを町にいふまで去りとは恥かしからず思へるも哀なり、年はやう/\數への十四、人形抱いて頬ずりする心は御華族の御姫樣とて變りなけれど、修身の講義、家政學のいくたても學びしは學校にてばかり、誠あけくれ耳に入りしは好いた好かぬの客の風説《うはさ》、仕着せ積み夜具茶屋への行わたり、派手は美事に
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