呼つれて表へ驅け出す出合頭、正太は夕飯なぜ喰べぬ、遊びに耄《ほう》けて先刻にから呼ぶをも知らぬか、誰樣《どなた》も又のちほど遊ばせて下され、これは御世話と筆やの妻にも挨拶して、祖母《ばゝ》が自からの迎ひに正太いやが言はれず、其まゝ連れて歸らるゝあとは俄かに淋しく、人數は左のみ變らねど彼の子が見えねば大人までも寂しい、馬鹿さわぎもせねば串談も三ちやんの樣では無けれど、人好きのするは金持の息子さんに珍らしい愛敬、何と御覽じたか田中屋の後家さまがいやらしさを、あれで年は六十四、白粉をつけぬがめつけ物なれど丸髷の大きさ、猫なで聲して人の死ぬをも構はず、大方|臨終《おしまひ》は金と情死《しんぢう》なさるやら、夫れでも此方《こち》どもの頭《つむり》の上らぬは彼の物の御威光、さりとは欲しや、廓内《なか》の大きい樓《うち》にも大分の貸付があるらしう聞きましたと、大路に立ちて二三人の女房よその財産《たから》を數へぬ。
五
待つ身につらき夜半の置炬燵、それは戀ぞかし、吹風すゞしき夏の夕ぐれ、ひるの暑さを風呂に流して、身じまいの姿見、母親が手づからそゝけ髮つくろひて、我が子ながら美くしき
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