る田樂《でんがく》みるやう、裏にはりたる串のさまもをかし、一軒ならず二軒ならず、朝日に干して夕日に仕舞ふ手當こと/″\しく、一家内これにかゝりて夫れは何ぞと問ふに、知らずや霜月|酉《とり》の日例の神社に欲深樣のかつぎ給ふ是れぞ熊手の下ごしらへといふ、正月門松とりすつるよりかゝりて、一年うち通しの夫れは誠の商賣人、片手わざにも夏より手足を色どりて、新年着《はるぎ》の支度もこれをば當てぞかし、南無や大鳥大明神、買ふ人にさへ大福をあたへ給へば製造もとの我等萬倍の利益をと人ごとに言ふめれど、さりとは思ひのほかなるもの、此あたりに大長者のうわさも聞かざりき、住む人の多くは廓者《くるわもの》にて良人は小格子の何とやら、下足札そろへてがらんがらんの音もいそがしや夕暮より羽織引かけて立出れば、うしろに切火打かくる女房の顏もこれが見納めか十人ぎりの側杖無理|情死《しんぢう》のしそこね、恨みはかゝる身のはて危ふく、すはと言はゞ命がけの勤めに遊山《ゆさん》らしく見ゆるもをかし、娘は大籬《おほまがき》の下新造《したしんぞ》とやら、七軒の何屋が客廻しとやら、提燈《かんばん》さげてちよこちよこ走りの修業、卒業して
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