のあり、性來をとなしきを友達いぶせく思ひて、さま/″\の惡戲をしかけ、猫の死骸を繩にくゝりてお役目なれば引導《いんだう》をたのみますと投げつけし事も有りしが、それは昔、今は校内一の人とて假にも侮《あなど》りての處業はなかりき、歳は十五、並背《なみぜい》にていが栗の頭髮《つむり》も思ひなしか俗とは變りて、藤本信如《ふぢもとのぶゆき》と訓《よみ》にてすませど、何處やら釋《しやく》といひたげの素振なり。
二
八月廿日は千束神社のまつりとて、山車《だし》屋臺に町々の見得をはりて土手をのぼりて廓内《なか》までも入込まんづ勢ひ、若者が氣組み思ひやるべし、聞かぢりに子供とて由斷のなりがたき此あたりのなれば、そろひの裕衣《ゆかた》は言はでものこと、銘々に申合せて生意氣のありたけ、聞かば膽もつぶれぬべし、横町組と自らゆるしたる亂暴の子供大將に頭《かしら》の長とて歳も十六、仁和賀の金棒に親父の代理をつとめしより氣位ゑらく成りて、帶は腰の先に、返事は鼻の先にていふ物と定め、にくらしき風俗、あれが頭の子でなくばと鳶人足が女房の蔭口に聞えぬ、心一ぱいに我がまゝを徹《とほ》して身に合はぬ巾をも廣げしが、表町に田中屋の正太郎とて歳は我れに三つ劣れど、家に金あり身に愛嬌あれば人も憎くまぬ當の敵《かたき》あり、我れは私立の學校へ通ひしを、先方《さき》は公立なりとて同じ唱歌も本家のやうな顏をしおる、去年《こぞ》も一昨年も先方には大人の末社がつきて、まつりの趣向も我れよりは花を咲かせ、喧嘩に手出しのなりがたき仕組みも有りき、今年又もや負けにならば、誰れだと思ふ横町の長吉だぞと平常《つね》の力だては空いばりとけなされて、弁天ぼりに水およぎの折も我が組に成る人は多かるまじ、力を言はゞ我が方がつよけれど、田中屋が柔和《おとなし》ぶりにごまかされて、一つは學問が出來おるを恐れ、我が横町組の太郎吉、三五郎など、内々は彼方がたに成たるも口惜し、まつりは明後日、いよ/\我が方が負け色と見えたらば、破れかぶれに暴れて暴れて、正太郎が面に疵一つ、我れも片眼片足なきものと思へば爲やすし、加擔人《かたうど》は車屋の丑に元結よりの文《ぶん》、手遊屋《おもちやゝ》の彌助などあらば引けは取るまじ、おゝ夫よりは彼《か》の人の事|彼《あ》の人の事、藤本のならば宜き智惠も貸してくれんと、十八日の暮れちかく、物いへば眼
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