ゞろに鼻かみわたされて、日記のうちには今宵《こよひ》のおもふこと種々《くさ/″\》しるして、やがて哀れしる人にとおもふ。
かくて二日《ふつか》ばかり、三日《みつか》の後《のち》なりけん、ゆくりなく訪《と》ひ来《き》し友あり。いと嬉《うれ》しうて、今やこの事かたり出《いで》ん、しばししてや驚《おどろ》かすべき、さこそは人の羨《うら》やましがるべきをと、嬉しきにも猶《なほ》はゞかられつゝ、あらぬ事ども言ひかはすほどに、折しもかの子規《ほとゝぎす》軒端に近う鳴く声のする。「あれ聞き給へ。此宿《こゝ》はこゞゐの森にもあらぬを、この夜頃《よごろ》たえせず声の聞ゆるが上に、ひるさへかく」と打出《うちいだ》したれば、友は得《え》ときがたきおもゝちして、「何をかのたまふ」とたゞに言ふ。かく/\と語れば、「そは承《う》けがたき事」と打《うち》かたぶき打かたぶきするほどに、又も一声《ひとこゑ》二声《ふたこゑ》うちしきれば、「あれが声を郭公《ほとゝぎす》とや。いかにしてさはおぼしつるぞ、いとよき御聞《おんき》きざま」と、友は口おほひもしあへず笑《ゑ》みくつがへる。「いつも暁《あかつき》よりなきいでゝ夕ぐれ
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