たる後に物をつめて重く成したるぞよきとありし 誠にさる事侍るべし

長三洲といふ人舌癌といふものをながく病みてうせき 身にはことなる事なきに舌の根のただくされにくさるゝ也 はじめ出來たる時は手術をおこなひて切とりつ 二度目にはのどへかけてはれぬ 此たびは人の手わざ及びがたしと名高き博士どものいひぬ 子らはいとけなし いかで今一度など親しき限りなげゝどもいかにかせん 自らはいとよく思ひはなれて大方世に心をとゞめずと見えしがさる病ひの床に筆墨を取寄て物書く事一日もやすまず うせての後には庫をもうづめぬべし かゝる高名の人のかく世をも思ひすてながらなからん後の子等の爲にと多くの反古を作り置けんこゝろ人の親のやみならずや さるにても持つまじきは子ぞかし あはれきよくてありぬべき身の終に用なきくるしみをもしつる事よ
此人の書のいとうるはしと見ゆる中に黄金のにほひありなど京わらべのしりう言するを心得ずと思ひつるがげに心ひかるゝものゝ有つればさぞ有けん あはれ深かし

歌の論をよくする人あり よろしき歌よみ出る人は少なしといふ 誠に論の如くこゝろのとゝのひゆかば歌はかならずとゝのひぬべし 靜におもひ
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