あやまれり はやう女のさかいをはなれぬる人なればつひの世につまも侍らざりき子も侍らざりき 假初の筆すさび成ける枕の草子をひもとき侍るにうはべは花紅葉のうるはしげなることもふたゝび三度見もてゆくに哀れに淋しき氣ぞ此中にもこもり侍る 源氏物がたりを千古の名物とたゝゆるはその時その人のうちあひてつひにさるものゝ出來にけん 少納言に式部フ才なしといふべからず 式部が徳は少納言にまさりたる事もとよりなれどさりとて少納言ををとしめるはあやまれり 式部は天つちのいとしごにて少納言は霜ふる野邊にすて子の身の上成るべし あはれなるは此君の上やといひしに人々あざみ笑ひぬ
物かく筆はやはらかに持てゆび先に力のいらざるぞよきとさる人仰せられしはげにさる事なるべし うでにて書くと又人のいひしいかゞならん うでになりとも力をこめたらば筆の自由をうしなひて文字はたど/\しかるべくや まことにかながきの上手は手に筆のある事をわすれ紙にむかひての用意などおさ/\わすれてゆびはうごくともしらず心は筆のまゝにしたがふか筆は心のまゝにうごくはたゞこの者を心と紙との中立にしてうつし出すにこそ侍らめ されどこれはかな書きの事也
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