つるはと、俄《には》かにそのわたり恋しう涙ぐまるゝに、友に別れし雁|唯一《ただひと》つ、空に声して何処《いづこ》にかゆく。さびしとは世のつね、命つれなくさへ思はれぬ。擣衣《きぬた》の音《おと》に交《まじ》りて聞えたるいかならん。三《み》つ口《くち》など囃《はや》して小さき子の大路を走れるは、さも淋しき物のをかしう聞ゆるやと浦山《うらやま》しくなん。


        虫《むし》の声《こゑ》

 垣根《かきね》の朝顔やう/\小さく咲きて、昨日今日|葉《は》がくれに一花《ひとはな》みゆるも、そのはじめの事おもはれて哀れなるに、松虫すゞ虫いつしか鳴《なき》よわりて、朝日まちとりて竈馬《こほろぎ》の果敢《はか》なげに声する、小溝《こみぞ》の端《はし》、壁の中など有るか無きかの命のほど、老《おい》たる人、病める身などにて聞《きき》たらば、さこそ比らべられて物がなしからん。まだ初霜は置くまじきを、今年は虫の齢《よは》ひいと短かくて、はやくに声のかれ/″\になりしかな。くつわ虫はかしましき声もかたちもいと丈夫《ぢやうぶ》めかしきを、何《いつ》しか時《とき》の間《ま》におとろへ行くらん。人にもさる類
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