つなるは猶《なほ》さら、連ねし姿もあはれなり。思ふ人を遠き県《あがた》などにやりて、明《あけ》くれ便りの待《まち》わたらるゝ頃、これを聞《きき》たらばいかなる思ひやすらんと哀れなり。朝霧ゆふ霧のまぎれに、声のみ洩《も》らして過ぎゆくもをかしく、更けたる枕《まくら》に鐘の音《ね》きこえて、月すむ田面《たのも》に落《おつ》らんかげ思ひやるも哀れ深しや。旅寐《たびね》の床《とこ》、侘人《わびびと》の住家《すみか》、いづれに聞《きき》ても物おもひ添ふる種《たね》なるべし。
 一《ひと》とせ下谷《したや》のほとりに仮初《かりそめ》の家居《いへゐ》して、商人《あきびと》といふ名も恥かしき、唯《ただ》いさゝかの物とり並《なら》べて朝夕《あさゆふ》のたつきとせし頃、軒端《のきば》の庇《ひさし》あれたれども、月さすたよりとなるにはあらで、向ひの家の二階のはづれを僅《わづ》かにもれ出《いづ》る影したはしく、大路に立《たち》て心ぼそく打《うち》あふぐに、秋風たかく吹きて空にはいさゝかの雲もなし。あはれかかる夜《よ》よ、歌よむ友のたれかれ集《つど》ひて、静かに浮世《うきよ》の外《ほか》の物がたりなど言ひ交はし
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