もあるかな。千里《ちさと》のほかまでと思ひやるに、添ひても行《ゆか》れぬ物なれば唯《ただ》うらやましうて、これを仮に鏡となしたらば、人のかげも映るべしやなど、果敢《はか》なき事さへ思ひ出でらる。
 さゝやかなる庭の池水《いけみづ》にゆられて見ゆるかげ物いふやうにて、手すりめきたる所に寄りて久しう見入るれば、はじめは浮きたるやうなりしも次第に底ふかく、この池の深さいくばくとも量《はか》られぬ心地になりて、月はそのそこの底のいと深くに住《すむ》らん物のやうに思はれぬ。久しうありて仰ぎ見るに、空なる月と水のかげと孰《いづ》れを誠《まこと》のかたちとも思はれず。物ぐるほしけれど箱庭に作りたる石一つ水《みづ》の面《おもて》にそと取落せば、さゞ波《なみ》すこし分れて、これにぞ月のかげ漂ひぬ。かくはかなき事して見せつれば、甥《をひ》なる子の小さきが真似《まね》て、姉《あね》さまのする事|我《わ》れも為《す》とて、硯《すずり》の石いつのほどに持《も》て出でつらん、我れもお月さま砕くのなりとて、はたと捨てつ。それは亡き兄の物なりしを身に伝へていと大事と思ひたりしに、果敢《はか》なき事にて失なひつる罪|得
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