の念頭を離れぬ事柄がある。それはなぜ人形操の人々が古來下賤階級として卑しめられ、特殊部落扱ひをされたかと云ふ疑問である。それは人形を取扱つたからであらうか。淡路の古老の云ふやうに人形が殉死に代るけがれたものとする思想からすれば、或はそれを首肯し得るかも知れない。然し人形と全然關係のない萬歳・ササラ・鉢たたき・春駒等の人々も同じやうに下賤の者と見られてゐるのを考へれば必らずしも人形のみがその原因とは信じ難い。そんなら彼等は産所(若しくは算所、散所)と云ふ部族に屬してゐるが爲であらうか。如何にも産所は一面に於て諸大寺諸豪族に隷屬した奴僕であつたから卑しめられる理由にもなつたであらう。けれどもそれ等と成立ちを異にしてゐる俳優が矢張り河原者の名稱のもとに蔑視されてゐたのを知れば、あながちに産所であるが故にのみ下賤扱ひにされたとは受取れない。
 所詮我々はこの問題の爲にも少し根本的な方面まで溯らなければならないであらう。ヨオリックの名著「傀儡史」に就いて見ても、デュシャルトルの大著「伊太利喜劇史」或はランティラックの「中世期正劇史」に就いて見ても、將亦私の知る限りの「希臘悲劇史」に就いて見ても、
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