、遂には神そのものを示すものとなり、神の顯現と考へられるやうになつた時、彼等はこの神に人格を與へ、活動を與へる必要が起つた。おしら神の信仰が強くなり、民衆と密接な關係を有ち、人間生活を支配する力が大きくなればなる程人間的形態に近づかねばならなかつたのである。かくて人形は動き始めた。原始的な傀儡子が生れた。
 この時彼等がぶつかつたのは諸國に金銀の鑛山を求めて歩く八幡信仰の一集團であつたらう。彼等は産所の知らぬ新しい文化の所有者であつた。産所は直ちにこの新文化を吸收した。彼等の信仰を八幡神特に夷三郎の信仰と結びつけた。なぜなら夷三郎は海の幸の神、市の神、商ひの神であつたが爲めに彼等の經濟的生活に利益を與へることが多いのを洞察したからであらう。そしてそれまでは恐らく單純な木偶に過ぎなかつたものが、金掘業者の優秀な人形製作の技術を習得することに依つて、當時に於ては相當に立派な人形に變化したのである。かくて傀儡子は第一期の發達を終つた。これは産所の西宮定住時代であつたと思ふ。即ち八幡信仰部族が近畿中國一圓の策源地としてゐたらしい兵庫西宮附近に於て此の二つの大きな集團が交流混合したと考へることが
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