とに依つて修驗道の神火の神の秋葉神が三條の蛭子社に百太夫と共に合祀されてゐることも諒解されるやうになるのではないかと思ふ。中古以來彦山は修驗道の本山であつたがその本源は全く不明と云ふ外はない。然も北九州一圓に於ける勢力は偉大で絶對の信仰を把握したのみならず、徳川幕府に對してさへ治外法權を認めさせてゐた。彼等は早くから大和朝廷に於ける中央文化圈の佛教とは趣きを異にした別種の佛教、即ち印度教化した佛教の法幢を樹て、教權を布いてゐたのであらう。人種人類學上の研究と學説がどんな風に進んでゐるか私はその現状を詳かにしないが、西村眞次氏の説に依れば水田耕作法その他を傳へたものとして印度支那民族の血が日本民族のなかに混入してゐることを跡づけ得ると云ふ。若し之れを信ずるならば北部九州に於ける特殊な印度系統の宗教この神々を信仰してゐた一部族の集團、及びこの集團が形造つてゐた異種の文化圈の存在をこの印度支那系統の民族に依つて説明することが出來るかも知れない。
 八幡信仰の部族は海上交通權を掌握してゐたが、一方に於てはまた金銀の採鑛冶金の術にも長じてゐた。之は大和朝廷の天孫民族にも知られてゐなかつたし、先住
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