しが、攝津の國に流れ寄りて、海を領する神となりて、夷三郎殿と顯れ給うて、西の宮におはします。」とあるが、茲で重要なのは實はこの夷三郎が海を領する神と云ふ點だけであつて、それが蛭子でも事代主命でも大差はない。何れも後人が説明の爲に設けた想定神に過ぎない。何故なら夷と云ふ言葉は明かに他民族を意味するものであつて、それが大和民族固有の神でないことは論を要しない。從つて之れを神代卷の神々に當てはめるのは正しい意義を忘れてしまつた後代の人々の假托であることも云ふまでもあるまい。即ち夷三郎は大和民族以外の異種族の神であり、彼が海を領する神であるが故にこの信仰を持つた民族は海に關係の深い種族であつたに違ひないと考へられるのである。

         五、八幡神と夷三郎神

 日本へ夷三郎神を持つて來た民族の本體を考へる前に今一つ闡明を要する問題がある。それは夷三郎と殆ど必然的に不離の關係を持つてゐる八幡神の信仰である。恐らく八幡神程日本全國にあまねく行き渡つて、どんな寒村僻地にもその鎭座の社を見ぬ處はない程に一般化されてゐながら、その本體の不可解な神は他にない。八幡宮の祭神を應神天皇とする如きは矢
前へ 次へ
全46ページ中26ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
竹内 勝太郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング