の男今ではあまり流行らず、子供も出来て、いやに落ついてしまった、それでも円本でこれもドサクサと金が入ったが、なんでも門は平常閉じてあって、プロの侵入を防ぐという、ところが印税を前借りしてしまったので、この頃のように円本の予約者が減じて来ては、あとになった作者は不安此上もなく「一万部位になってしまっては、此方から印税を返さねばならぬ」と長田幹彦大いに悄気《しょげ》て居る由
最初の馬鹿景気に高調子となって、蚊士どものネダルがままに印税の前渡しをした円本出版屋、これも予想裏切「ソレ見ろ」の一つである
広告不信認の悪例を作りし罪
新聞紙上の広告文に誇大と虚偽を並べたものが続出するので、愚直な読者もソー/\は欺かれず、年を追って広告は不信認と成り、新聞読者の増加率に逆比例して広告の効力は漸次薄弱となりつつある今日、広告不信認の悪例は、単に円本のみには限るまい、彼の講談社などが「満天下の熱狂的歓迎」と云っても、誰一人信ずる者はなく、「売切れぬ内にお早く/\」と云っても、急いで買いに行く者はあるまい、と難ずる人もあらんかなれど、講談社の如きヤシ的出版屋の広告はそれにしても、従来然らざりし社名を以て大々的一頁の広告、シカモ前例のない一円本の宣伝、講談社の広告には欺かれない連中も、ツイ、ヒッカカリて馬鹿を見るに至り、今後は如何なる広告も信認するに足りないものとの悪例を示した事実は確な所であろう、要は円本出版屋が悪例の上塗《うわぬり》をしたものと見ればよい
批評不公平の悪習を促せし罪
新聞社が営利事業に化して以来、主張も見識もゼロに成り、編集部が営業部に支配さるるに至り、財源たる広告料の収入に成る事であれば、詐欺広告をも知らぬ顔で載せ其被害投書がイクラ来ても没にするなど、スリの上前を取るような方針であるから、広告料の大増収を得た円本の攻撃文などは一行の記事にも載せないのみか、反って流行を煽《あお》るソソリ文句を並べたり、批評らしく書いてクダラヌ全集物の提灯持をしたので、それに釣られて予約の申込みをした者も少くはない、サテ現物を読んで見ると、面白くもないとか、訳が判らぬとかで投げ出す事に成り、破約する事に成ったのである、そこで新聞紙上の批評文などはアテにならぬものと、初めて知ったコケ共が多い、これも円本出版屋が旧来の悪習を助成したのであって、ヤハリ上塗の罪を重ねたものと見ればよい
国産用紙の浪費
我輩は資本主義を絶対に否定する者ではない、其利を認め其害を認めて居る、現在に於ける円本出版の流行は、資本家ならぬ遣繰屋が企画して居るのもあるが、いずれにしても大量生産は資本主義を根底とするもの、円本流行は即ち資本主義の跋扈で、其弊害のみを多々現出して居るのである、本書列挙の害毒十六ヶ条は悉く資本主義より生ぜし害毒に外ならない、其中で最も顕著の事実は洋紙の浪費である、多く売れなくてもよい、大量生産の半数がモノになれば実費を償うに足りる、残る半数をツブシと見ても、幾許/\《いくらいくら》の利益を得られると云う勘定、始めよりツブシを仮定しての生産である、それが仮定の通りに残本山積となって居るのであるから、他の有益な良書に使用し得べき多量の洋紙を浪費し、シカモ洋紙の価格を騰貴せしめて居る、国家主義若しくは社会政策の上より見て、資本主義の円本流行は一日も早く撃退せねばならぬ
製本技術の低下
従来の単行本は概ね一千部乃至三千部を限度として初版を製本したのであるが、流行の円本は十万二十万、多きは四十万部の製本となった、そこで従来一冊の製本料が二十銭乃至三十銭位であったものが、大量生産の「数でコナス」という通則で、一冊八銭若しくは十二三銭で請負う事になったのである、それがため従来一時間に五十部仕上げて居たものが、百部も二百部も仕上げねば勘定に合わぬ事になったので、巧遅よりも拙速という事に変じたのである、拙速……粗雑でも早いがよい……これが製本技術の低下で、従来の一千部乃至二三千部位の製本料は旧価のままでありながら、拙速に手馴れた職工共はヤハリ廉価な円本同様の仕上げをするのである、それで少数の単行本出版屋は、従前通りの高価を払って粗雑な製本を押付けられる事になった、これも資本主義の円本が普通出版屋に及ぼした害毒の一つに算えねばならぬ事であろう
通信機関の大妨害
従来広告依頼者の多い大新聞社は、威張ッて依頼者の要求を容れない事が多かったのであるが、円本流行で一頁又は二頁続きの大広告を出す事になったので、大新聞社が一層威張るように成った、従前は依頼した当日より五六日目若しくは十日以内に掲出して居たが、昨春以来はそれが十日も二十日も遅れ(死亡広告だけは例外)場所指定などは、一ヶ月前に申込んで予約せねばならぬのである、それを若し何日迄に是非掲出して下さいと頼めば、ソンナに
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